深海ライブラリ📕

深海の底に眠る過去の記録に光を当てる。揺り起こす。

JAPAN

なんということだろう。

テレビに映し出される光景。

海が迫り、大地に轟々となだれ込み、水があふれ、

瞬く間に車も家も道路も、そして人々の飲み込まれて海の藻屑。

大地は溶けて、ゆるゆると頼りなく。

川はあふれて、街を飲み込み。

崩れ落ちた家屋。

恐ろしい勢いで燃え盛るコンビナート。

まるで、昔の、ウルトラマンの、戦闘シーンのように、

それが現実とはとても思えぬような有様で。

あまりにも、太刀打ちできなさすぎる、その自然のすさまじい威力。

* * *

今日は、終日自宅で原稿を書くために、書斎にこもっていた。インターネットをつながずにいたところ、夫から連絡。夫のボスがニュースを知って、わたしの家族を案じてくれたとのこと。

デリーの実家や、ご近所さんからも、気遣いの連絡が入る。

そのうち、DECCAN HERALDや、TIMES OF INDIAの取材の電話が入る。それらの対応は、お断りする。

福岡は問題ないとはわかっていたが、夫がしつこく「お母さんに電話をしなさい」というので電話をしてみる。が、なかなかつながらない。

今日は妹の誕生日でもあるので、電話をしようと思っていたのだが、妹にもつながらない。スカイプも、電話も、つながらないときはつながらない。

午後、つながったときには、母は外出から戻ったばかりで、地震のニュースを見ておらず。

まるであの日のようだ。9/11/2001。ニューヨークで同時多発テロが起こった時、日本の父からの電話で事態を知った。

驚いて、窓を開けたら、ペンタゴンから黒煙が吹き上がっていたのだった。

その後、メイドのプレシラの義姉から電話。やはり、わたしの家族を案じての。TSUNAMIという言葉に敏感に反応したプレシラ。

彼女たちは、2004年に起こったスマトラ沖大地震の際、折しもクリスチャンの巡礼でチェンナイを訪れており、被災したのだという。

彼らの泊まっていたホステルは、1度目の津波で床上浸水、2度目の津波で倒壊、洗い流されてしまったという。幼子を抱え、海水に浸かりながら、命からがら、逃げ延びたという。

無数の死体を目にし、それはもう、悲惨な光景だったと言う。

* * *

テレビをつけてみた。

ニュースチャンネルは、すべて、日本の地震を伝えていた。ヒンディー語のニュースはいずれも、センセーショナルに騒がしく、衝撃的な映像を次々に映し出す。

胸が詰まる。息が詰まる。

CNNや、BBCの、比較的穏やかな口調のニュースを、冷静に状況を伝えるニュースを見る。

しかし、画面の向こうに広がる、目を疑いたくなるような、現実とは思えない、まるで映画を見ているような、光景の連続に、愕然とする。

いったい、何人の人たちが、流されたのだ?!

ノアの方舟のようなものがあったら……と、思わずにはいられない。

「日本の人々は、非常に冷静」

「パニックが起こることなく、静かである」

そんな言葉を聞くにつけ、母国の人々を誇らしく思うと同時に、哀しみが迫る。

日本に住む友人らのことが気になるが、主には東京以西在住。東京は揺れたとはいえ、東北ほどではないようだし……と思いつつも、やはり気になる。

FACE BOOKを開いてみれば、以前インドに住んでいたユカコさんがコメントを残していた。ハズバンドのビルと連絡がとれないという。

心配になって電話をしたら、つながった。日本国内同士、東京内同士の方が、むしろつながりにくいのかもしれない。

激しく揺れて、キッチンのものが割れて、本当に恐ろしかったようだ。ビルがまだ戻らず、とても心配していたけれど、電話で話している途中に帰宅! オフィスから1時間半かけて歩いて帰って来たのだという。

本当に、安心した。

災害に見舞われたときは、たとえ大丈夫だと信じていても、本当に、不安なものだから。

そして、家族が、大切な人が、そばにいるというだけで、もう、本当にそれだけで、ありがたいことなのだ。

まだ、ご家族と連絡がとれぬ方々のお気持ちをお察ししつつ。

ひとりでも多くの方が、救われることを、心の底より、願うばかりだ。

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