深海ライブラリ📕

深海の底に眠る過去の記録に光を当てる。揺り起こす。

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●バンガロールの日常とはパラレルワールドのマンハッタン生活。

先週の土曜日、バンガロールに戻って来た。

インドは1カ月に亘って全国各地で投票が行われていた総選挙の、その日は開票日であった。これまで10年に亘って政権を握ってきたコングレス(インド国民会議派)が惨敗し、BJP(インド人民党)が勝利した。

このことによって、インドのこれからは、かなり大きな変化が見られることだろう。この選挙の結果次第では、インドに見切りを付けて米国に戻りたいと主張していた我が夫。そうなれば、わたし自身も一旦はこの国を離れることになる。

不動産、動産の管理などが煩雑になるし、また、ややこしい人生が始まるかもしれぬとの懸念があった。ともあれ、夫も、また夫の業界も、この結果には好意的で、「今しばらくは、インドにて」状態が、この先も続きそうである。

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今回のニューヨークでは、いつもに増して、自分の気持ちが街に溶け込み、インドでの日々を忘れきっていた。異なる世界が同時進行するパラレルワールド、「胡蝶の夢」状態。しかし、どちらも現実である。

歳を重ねるほど、時間は伸縮自在となりつつある気がする。個人的な出来事、歴史は、起こった順序通りに、心に刻まれるに非ず。記憶の濃淡によって、構成される。即ち「時間旅行」を楽しみやすくなる、という気がしている。

そう。時間旅行。まさに今回のニューヨークは、わたしにとってタイムトラベルだったのかもしれない。

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●母国が見えない。放射能汚染。現実問題を語ることが、なぜタブーになるのか。

ところで、インドやニューヨーク。即ち日本から離れた場所から、母国を眺めるに、このごろの趨勢は、本当に、理解するのが難しい。

特定秘密保護法って?

集団的自衛権って?

ネット上でさまざまな人の、ざまざまな立場からの、さまざまな意見を目にするにつけ、果たして自分はどう考えるのか、というところに至るまでのプロセスに、かなりの学習を要する。一概に善し悪しをいえるほど、あらかじめの知識がないが故に。

それよりなにより、全く収束していない原発の問題。この際、反原発だとか脱原発だとか、原発推進だとか、そういうイデオロギーの問題はさておいて、今、起こっている悲劇、これから起こるであろう惨劇に対し、どう向き合い、どう対処すべきかを、日本という国も国民も、もっと建設的に考えるべきなのではないか。

放射能汚染によって、人間だけではない、遍く地球の生き物、地球そのものが蝕まれているのは、火を見るより明らかなのに、それをなかったことにしようとする為政者やメディアの趨勢、それを支持する、あるいは全く関心を持たない多くの国民……。

原発事故そのものもさることながら、このごろは、そちらの方が恐ろしい。

放射能汚染の話をすることすらタブー。わたしがこうして書いていることさえも、嫌悪する人の方が多いだろう。その心理を理解できないでもないが、理解したくないし、すべきではないと思っている。

大人はまだしも、子どもたち。子どもは未来の宝だ。子どものいないわたしが言うのもなんだが、子どもは、社会の宝でもある。そんな子どもたちを、どうにか安全な地に住まわせる方法はないのか?

……この件については、書き始めると終わらない。今日のところはこれ以上、触れまい。ただもう、このごろの日本の偏った報道を目にするにつけ、敢えて真実の在処を探す努力をしなければ、とも思うのだ。

あんまり書くと、蚊帳の外(海外)から何を言うのだ、という声も聞かれそうでもある。本当に、途方に暮れる。

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●スマートフォンに依存しすぎる人々に、懸念を覚える

それにしても、今回のニューヨーク。さまざまに思うところ、感じるところのある滞在ではあったが、一つ、これは何だか危機的な状況なのではなかろうか、と感じたのは、人々の「スマートフォンに依存しすぎた様子」である。

内面的なことはさておき、表面的なことについて。

インドでは、町歩きをする機会がほとんどないので、あまり感じることはないのだが、マンハッタン。歩きながらスマートフォンを見ている人の、なんと多いこと! ともかく危ない。危ないのだ。

わたしも滞在中、何度か人にぶつかられそうになった。ぶつかられたこともあった。人をよける瞬発力のない高齢者にとっても、町歩きのリスクが高まっているのではなかろうか。

数日前のニュースで、ニューヨークで、エレベータの事故により、若い女性が負傷したとの記事があった。そこには、古いタイプのエレベータで、ドアが開いたにも関わらず、人を乗せる「カゴ」が到着しておらず、女性は落下したとのことである。

普通、ドアが開いて、そこが空洞だったら、だれも中に入り込まないだろう。多分、スマートフォンを見つめていたに違いない。

加えて、「ながら食事」をする人の多いこと多いこと。フォークやスプーン、あるいは箸を片手に、そしてスマートフォンを片手に、食べ物をろくに見もせず、食事をしている。

そういう人が大多数だから、最早わたしの意見は少数派であり、煙たがられるに違いないのだが、敢えて書くならば、「行儀が悪い」のひと言に尽きる。そんなことでいいのか、と言いたくなる。

たとえ一人でも、食事のときは食事に気持ちを配るべし。なにしろ、そんな食事の仕方では、食べ物がきちんと消化されず、身体のためにもよくない。 姿勢も悪いし、なにより、見た目もみっともない。

食事中のマナーに関しては、最早、個人的な問題だから干渉すべきでないにしても、歩きながらのスマートフォン使用に関しては、世間一般、控えるべきではないのかと、切に思う。

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●利便性が高くなるほど、劣化する側面もあるのだ、人間の力。

先進国の「最先端」が、時に、人間を劣化させる。

新興国としてのインドに住んでいると、進んだ先にある闇について、懸念せずにはいられない。

旧態依然であるべきところ。

改善されるべきところ。

進化すべきところ。

いろいろあるはずだ。

しかし、先進国のそれらは、誰によって吟味されることなく、ただ怒濤のように押し寄せる。「上から目線」の「文明」が、歴史や伝統や文化をなぎ倒しながら、濁流のように流れ込む。

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わたしはもう、ニューヨークに住んでいる時からずっと、同じようなことを書き続けているなと思いつつ、でも、曲げられない信念は曲げずにいようとも思う。

声を上げ続けなければ、自分を見失ってしまいそうな世界でさえ、あるから。

……久しぶりのバンガロールにて、なんだか湿っぽい話題となってしまったが、個人的なライフに関しては、通常通りの健全さだ。

ちなみに土曜の早朝到着し、荷解きその他をすませたあと、夕方、アーユルヴェーダのマッサージに出かけた。これがあるから、リフレッシュできると、本当に思う。

アーユルヴェーダのマッサージのおかげか、土曜、日曜と熟睡でき、今のところ時差ぼけもなく、通常の生活に戻れている。

きちんと寝て、きちんと食べる。きちんと休む。

そのことが、結果的には、時間のロスなく健康的に生活できることにも結びつくのだということを、身を以て実践しているライフスタイルだ。

さて、今日から仕事もスタートする。

ミューズ・クリエイションの活動、ミューズ・リンクスの活動も、少しずつ、確実に進めつつ、新生インドと日本を結ぶべく仕事について、これからも積極的に取り組んで行かねばと思っているところだ。

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