深海ライブラリ📕

深海の底に眠る過去の記録に光を当てる。揺り起こす。

  • 6a01287573b46a970c0147e2972d27970b-800wi

    先日、バンガロールの大学に留学している女性が我が家へ訪れた際、原発の話から「チェンナイに日本人の街を作る計画」というのを聞いた。

    チェンナイ、即ち旧マドラスは、南インド、ベンガル湾に面する都市。現在、日産をはじめとするさまざまな日本企業が進出している。

    日本人の街とは、そのような日本企業に勤務する駐在員が集う、たとえば一つの通りを日系の店などで埋め尽くす「日本人街」のようなものであろうとイメージしていた。

    ところが彼女曰く、5万人の日本人を移住させる計画があるという。

    5万人を移住!?

    現在、インド全国の在留邦人の合計が、5,000人程度(在留届を提出している人)である。その10倍の5万人?

    そんな話は聞いたことがなく、ネット上のニュースでも気づかなかった。彼女を見送った後、サイトを検索して驚いた。

    今年の1月初旬〜中旬にそのようなニュースが流れていたのだ。

    実はこのころ、大量のレポート提出が控えていたため、ネットへの接続を極力遮断して、仕事に集中していた。

    納品の直後はフブリだのハンピだのを旅し、更にはスリランカを訪れていたこともあり、そのニュースをまったく目にすることがなかった。

    1月にニュースが流れて以降、その後の情報を探してみても見当たらず、進捗状況がわからないのだが、まずは下記のニュースを読んでいただきたい。


    ■インドに「日本品質の街」輸出…大規模都市開発
     (←Click!/すでに記事は削除されている)

    ■インド「日本の街」推進合意
     (←Click!/すでに記事は削除されている)

    ■チェンナイでの複合都市開発、推進へ:日揮、みずほコーポ銀
     (←Click!/すでに記事は削除されている)

    ■1,500-acre Japanese township to come up soon on OMR (←Click!/この記事は残っている)

    リンク先を読みづらい方のために、要点を抜粋するに、以下のような流れだ。

    pencil

    ●日本政府は、官民一体のインフラ輸出として、チェンナイ近郊で、大規模な都市開発を行う方針。

    ●5万人が生活できる「日本品質の街」をまるごと「輸出」する。

    ●ショッピングセンターや病院などを併設した高級マンションのリゾート都市を2013年以降、順次開発。

    ●枝野経済産業相は1月10日、チェンナイを訪問し、複合都市開発について、地元州政府から支援を受けることで合意した。

    ●枝野氏はチェンナイで記者団に対し、「日本企業がビジネスを行いやすい環境を整備し、インドとの貿易投資の促進を実現したい」と強調した。

    絶望的なまでに突っ込みどころに満ちあふれた、信じ難いニュース。これが4月1日に発表されていたら、100%虚構だと思うだろう。

    これは言わずもがな、日本在住の富裕層が、日本から逃亡する先を準備しているとしか思えない。

    それも、日本人駐在員からは敬遠されがちなインドに。

    ことにチェンナイは、インドの中でもなかなかに生活難易度の高い都市である。

    夏期の蒸し暑さと言えばそらもう大変なものだし、その他なんやかんやで、いくら日本品質の街をそのまま輸出したところで、皆が喜び勇んで住めるようなところではないと思われる。

    その一方で、いや、彼らは独自の発電設備なども作って、エアコンがんがんのクールな街を作っちまうのかもしれないな、とも思う。

    ネガティヴなコメントは避けたいが、チェンナイ在住の人が記しているブログなどを一読すれば、チェンナイの事情がお察しいただけよう。

    中には読むに耐えかねる、インド及びインド人に対する屈辱的発言が乱発されているブログもあり、それらのどの情報を取り入れるかは読者の判断次第であるが。

    ともあれ、5万人。

    参考までに、ニューヨークの在留邦人が2006年時点で約5万人である。これもまた、在留届を出している人の人数であるから、実際にはもっと多いとは思うが。

    ニューヨークと同じだけの邦人を、チェンナイに移住させる。しかも2013年から随時と、ずいぶん急な話だ。

    pencil

    福島第一原発の4号機が危機的な状況にあることは、一般的な危機管理能力のある日本人ならご存知であろうから、ここでは改めて説明しない。

    と言いながらも簡単に書くならば。

    天井は吹っ飛び、廃墟のような状況で、もしも大きめの地震や津波が再来すれば、いつ崩壊しても不思議ではない4号機の建屋。

    これが崩れ、使用済み燃料プールの汚染水が流れ出したら、人類史上最悪の事態となるだろう予測がされている。

    もう、日本はおしまいだ、とさえ言われているような現状だ。

    さあらば、その4号機の修復や補強に全力を尽くすべきで、たとえ官民一体とはいえ、チェンナイに5万人都市を作っている場合じゃないだろう!?

    書けば尽きなくなるので書かずにいたが、ついでに書く。

    汚染された瓦礫を全国にまき散らすという、どう考えても正気の沙汰とは思えないことを実施しようとしている日本政府。

    おかしいですから!!

    汚染された瓦礫を遠く離れた土地の人間が引き受けることが絆? 助け合い? 冗談じゃない。

    他にもっと建設的な方法はあるだろう? 運送料をかけて遠くへ危険物を運び、汚染を拡散することの意味が、全くわからない。

    「絆」という言葉そのものが、地に落ちたとさえ、わたしは、個人的に、思う。

    地元福島の食材を使った給食を日々、口にしている福島の子どもたち。それらがどの程度汚染されているのか、正確な情報をつかんでいる人は、果たして存在するのか?

    苦悩の渦中にある人々の声は、世界に届かず。

    子供の健康を訴え、暮らしの不安を訴えれば、村八分にさせられるような村社会。

    西日本や海外へ「疎開」する人たちも、どんどん増えている。ここインドにも、そのような家族は増えていると聞く。

    そんな人たちに対して、悪意の言葉を向けたり、ヒステリックな人たちだと蔑視する人々。最早、「不安を煽る」などという、悠長なことを言っている事態ではないのに。

    昨年末、日本政府(野田氏)が発表した「原発事故は収束した」という有り得ない情報を、鵜呑みにしている人が多数なのであろう日本。

    国民はといえば、政府や東電の言うことを、「ある程度は」信じるしかないではないか。国民の心を、暮らしを、人生を、これほどまでに翻弄している日本政府を、わたしは本当に、憎く思う。

    最早、「なにもなかったことにしたい」という気持ちが、目の前に突きつけられている事実を歪曲しているとしか思えない現状。

    だからといって、「じゃあ、坂田さん。あなたが日本に住んでいたら、どうなのか」

    と、言われても、わたしにはわからない。わかるわけがない。住んでいないのだ。最早、想像できない。もしも子供がいたら。結婚していたら。独身だったら……。

    そのときの経済力、家族のこと、仕事の状態……。それらを考え合わせた上で、放射能被害を受ける、即ちがんの発症などのリスクを背負った上で、そこに留まるか、あるいは移住するかを考えるだろう。

    少なくとも、無知ではいないはずだ。極力、情報を集めた上で、身の振り方を決定するだろう。

    そして、少なくとも、がん保険には入るだろう。いつかその保険制度が、破綻するかもしれないにせよ。

    pencil

    それにしても、だ。

    米ソ冷戦時よりも、北朝鮮の存在よりも、いつ倒壊するかわからない4号機の存在が、どれほどまでに恐ろしいか。

    そんな危機をはらんだ4号機の使用済み燃料プールの映像が、これである。

    この、放置されっぷり。ビニールシートって……。アナウンサーの軽やかな声が、「危機感皆無」すぎて、むしろ恐怖だ。

    願わくば、すべて夢であって欲しい。

    4号機の危機など、誰かが想像したデタラメであってほしい。が、どこをどう見ても、そういう楽観的な情報はない。

    これは、ドイツのニュース番組。

    このような状況をしての、チェンナイ近郊の日本人向け都市計画。ともかく、枝野氏がチェンナイに来ていた、という事実が、驚きであった。

    選民のための、都市。

    そんな予算があるのなら、被災地及び危険区域に暮らす人たちの、移住や疎開のサポートを全面的に速攻で行うべきだ。

    ところで、このチェンナイ郊外。現在、稼働中の原子力発電所が近くにあるというのが、意味不明なほどに皮肉な現実。

    ※当初「建築中の原発」と書いてたが、チェンナイ在住の読者から稼働中だとのご指摘をいただいた。日本人街に近い原発は「カルパッカム(Kalpakkam)原発」で、スマトラ沖地震の際の大津波では、この原発も被害を受けたとのこと。

    2基の原子炉のうち、稼働していた1基の原子炉の冷却装置につながるポンプ室に海水が流入、原子炉は自動的に緊急停止したという経緯がある。

    建設中の原発と勘違いして記したのは、チェンナイと同じくタミルナドゥ州でも、さらに南の「クダンクラム(Kudankulam)原発」で、最近建設を終えたばかり。反対の声を押し切り、3月末に稼働を決定したとのニュースが流れたようだ。

    インドの原発。3/11を経て、原発がいかに危険かを学んだ以上、個人的には激しく稼働に反対だ。

    ともあれ!

    さまざまな視点から読み解くに読み解けない、実に不可解なニュースである。その後の、この「日本人向け都市計画@チェンナイ」のニュースは、検索しても見つからない。

    いっそチェンナイの工事現場まで見学に行きたいくらいだ。

  • 「インド発」で書くべき話題は多々あれど、個人的に原発の問題は看過できず。

    この話題を書くとアクセス数が少なくなる。増えるならまだしも、減るのが現実。わかってはいるが、せめて関心を持っている人と、共有したく。

    ここ数日、思うところあって海外発のドキュメンタリーをいくつか目にした。

    このドイツの番組。ここで明らかにされている内容は、日本人として知っておくべき最低限ではないだろうかと思われる。

    憂鬱を承知で、多くの人たちに、最初から最後まで見ていただきたく、動画をはりつけておく。

    ドイツZDF フクシマのうそ by sievert311

  • メルトダウン 5日間の真実 (1/2) by sean2010jp

    メルトダウン 5日間の真実 (2/2) by sean2010jp

    地震や津波の怖れがあるにもかかわらず、日本の原発の仕組みがいかに杜撰な構造であるか。

  • 15-06

    3月に入ってからの、大中小のプロジェクトがようやく先ほど、完了した。1日、2日で終えられる仕事と、数週間に亘るプロジェクト。

    いずれも渦中は、頭の中がいっぱいになりがちだが、それでも独自の視点で見るインドとは別に、仕事を通して見るインドは、新しい視界が開けることが多く、面白い。

    コーディネーションやレクチャーなどの仕事を除いては、わが仕事の「納品」のほとんどが、電子メールを通してのものとなる。

    レポートであれ画像であれ、意図的に手書きの情報であれ、すべてはコンピュータ上に取り込んで、メールで送信する。

    最終校正をすませたあと、送信ボタンを押し、データが流れる様子を確認したあとの、達成感。

    それが夕刻であれば、日の高いうちからビールをあけたりする。尤も、日々、なんらか「飲んで」はいるのだが、このときの一杯は、格別なのだ。

    15-0215-03

    昨年の3月11日以来、常に脳裏を離れない思い。

    その思いに多少の波があったとはいえ、途切れることなく連なっているからこそ、1年経った、1周年だ、と改めて実感する気持ちになれなかった。

    心のなかに渦巻く、途方に暮れる思いや、怒りや、情けなさや、絶望や、焦燥や、自分の無力さや、そういう一切合切が、消化不良だ。

    この1年というもの。

    目に留まる原発事故関連のニュースは、積極的に見てきた。日本では報道されない現実を、英国やドイツや米国のドキュメンタリーやニュースを通して、知った。

    福島だけではない。

    日本が、日本周辺の国々が、地球の各所が、日本の原発事故によって、たいへんな痛手を受けているという事実の重たさ。

    真実の欠片らしきものを見聞きするたびに、堪え難い思いにかられる。

    それでも日々を生きねばならぬ、特に被害の大きい場所に暮らす、渦中の人々の心を思うといたたまれない。だからといって、わたしはなにをしているだろう?

    わたしには、わたしの、インドでのライフがある。

    LIFE。人生。生命。生活。世間。実物。本物。生き方。元気。活気。活力。生涯……。

    わたしのライフは、2001年9月11日を境に大きく変わった。

    わたしの、わたしのライフを見る目は、2011年3月11日を境に、大きく変わった。

    絶望と希望と無関心と哀しみと、日本。

    日本人としてのわたしが未来を思う時、もう、心の底からの明るさは期待できない。戦争でも、テロでもない。天災でもない。

    地震、津波、そして原子力発電所の事故。予測されていた人災。

    放射性物質の拡散、蔓延。

    人の手によって作られていた。人の手によって育まれていた。その存在を享受していた。知らなかったではすまされないことを、わたし自身を含め、多くの日本人は、看過してきた。

    声を大にして、疑いの叫びを上げてきた人の声は、打ち消され続けてきた。

    利権、利益、地位名誉。そういうもののために、為政者たちは。そこに連なる群がる人たちは。

    できることなら、世界中の識者を、専門家を、知力を集めて、福島の、収集のつかない福島の惨事を、これ以上拡大させないために、収束させて欲しい。

    どれほどの生身が、生命が、高濃度の放射性物質に晒されながら、遅々として進まぬ作業を行っていることか。どれほどの危険が未だに、残されていることか。

    1年がたち、そらぞらしい言葉ばかりが蔓延し、それらの言葉の、耐えられない軽さ。

    たとえば、放射性物質で汚染されたガレキを、日本の各所で受け入れることが「絆」? 冗談じゃない! 

    本気で、それ以外の対策を講じることができないとしたならば、もう……。

    一方で、重く受け取られるべき天皇陛下の言葉の一部は削除されて流され、愛すべき隣国、台灣は無碍に扱われ……。

    GENPATSU

    この一年間。自分なりに情報を追い、学んだ。

    さまざまに賛同したり、支援したり、反発を覚えたり、した。

    心が揺れたし、乱れた。憤ること少なからず、無力さに途方に暮れた。

    絶望的な気分に陥ったかと思えば、その非現実的な現実からカラリと転じて、次の瞬間は、くだらぬことで、腹の底から笑っていたりする。

    それが人間のたくましさであるのだと、自分を取り繕いながら。

    真実はどこにあるのか。

    自分の目で福島を、その界隈を、見たい。が、それをしなかった自分の不全さに、発言する資格はないと自粛した。

    福島のために、日本のために、地球のために、損得勘定なく、人知れず尽力する人々に、感謝と敬意を表しつつ。

    やはり何かを書かずにはおれず、書いてしまったが、思うところはこんな1500文字程度ではない。が、うまく自分の言葉を綴る自身もなければ、いったい誰に向かって何を訴えたいのかもわからない。

    ともかくは、自分の気持ちを少しでも消化するために、書いた。

    社会問題が山積するこの国に暮らし。

    資本主義、豊かさ、先進国、発展、テクノロジー、先端……。

    われわれ人間は、地球に属する一種の動物であることを、忘れすぎていた。

    ということを、切に切に思いながら、接近した木星と金星を眺めた夜だった。

  • 書きたいことがあまりにも多すぎて、最早、書けない。せめて、これら動画を、じっくりと見ていただきたい。

    ■1945年から1998年の間に世界各地で行われてきた核実験

    ■核実験に使われた名前の数々 ……SMILING BUDDA?

    ■人類を、何度全滅させてもまだ余る核兵器

    人間って……。

  • 05kocho11

    「松本龍」という政治家の、人となりの断片を、こんな形で知ることになろうとは思わなかった。

    彼の出身地は福岡市東区。わたしの故郷と同じである。わたしの亡父は、建設会社を営んでいた。ゼネコンの松本組、そして松本龍氏とは、少なからず関わりがあった。

    彼の名を聞けば、父のことを思い出さずにはいられない。詳細を書けぬ、さまざまがあった。

    父が属していた「あの世界」は、わたしから見ると、異様であった。

    亡父が行って来た仕事の有り様は、わたしには理解の域を超えていたし、父が何を目指していたのか、未だによくわからない。

    志半ばで、きっとさまざまを思い遺したままで(少なくともわたしには、そう見えた)、父は肺がんの闘病の末に他界した。

    父と身近に暮らしていなかったわたしには、父の本意を尋ねるすべもなく、語り合う機会もないままであった。

    そのことを、悔やんでも仕方がないのだが、あのとき、もっと長い間、帰国すればよかっただろうか、と思うこともある。しかし帰国すればしたで、父とゆっくりと語り合えたかどうかといえば、それも怪しい。

    少なくとも父が肺がんを発症するまでは、父とわたしとは、衝突の多い関係だったから。

    松本龍氏の、オフレコ発言の映像を眺めながら、しかし不謹慎にも、奇妙な懐かしさを覚えた。その話し方、発音の具合。

    九州の、地位のある、常に持ち上げられながら生きてきた感じの、男性の、典型的な態度。彼をかばうつもりは毛頭ない。ただ、彼をしてまた、とても「日本っぽい」とも、わたしは感じた

    世間は彼のことを人非人のように非難しているが、一方で、言われた側が正しいとも限らないということも、気に留めておくべきだと思う。

    確かにあの場においては、あまりに不適切な言動だと見受けられたが、一方で、「いるいる、こういう人」という印象を受けた人は、少なくないのではないか。

    自分にとっての、忌むべき相手の象徴のような、松本氏は態度をとったのではないかとの印象を受けた。

    きっと本人は冗談めいた口調での「お願い」のつもりだろうが、まったくお願いになっていないひと言。

    「書いたらもう、その社は終わりだから、はい」

    九州出身のB型としては、同じ括りで扱われたくないと思いつつ、こんなことで騒いでいるときではなく、生産的なことを、一刻も早く! と思わずにはいられない。

    玄海原発の再稼働が近々始まるというニュース。

    そちらの方が、九州人にとっては重大な事態だとも思うのだが、いったいどのような報道のされ方なのだろう。どのような、市民の意識なのだろう。

    「復興」

    という言葉。これは、津波と地震にはあてはまるだろうが、原発事故に対しては、当てはまらない。これからも延々と、続いていく。

    そして、そのことがあまりにも重大だから、復興という言葉にさえ、違和感を覚えるのだ。

    「写真と本文とは関係ありません」にもほどがある内容となってしまった。

    『裏ブログ@胡蝶の夢』の方に、食べ物やら買い物のことやら「華やか系」を載せていると、こちらの画像がどうも、地味くさくなってしまう。

    ついでに話題も地味となると、どうもつまらんので、定期的に食のシーンは載せたいと思う。

    最近は、「インド赴任が決まったけれど、食事が心配」という声をよく聞くので、インドでも、がっつり食べられるという例を、折に触れて載せていこうと思う。

    で、そのうち、ホームページに一気にまとめて掲載する予定だ。

    というわけで、ここ数日の料理から、いくつかを。

    05kocho10 久々にMANTRI SQUAREというショッピングモールにあるSPARへ出かけたので、魚介類を仕入れた。

    本当は、朝のラッセルマーケットで調達するのが一番新鮮なのだが、朝、大喧噪のただ中に赴く根性が、このごろない。

    いかんな。

    そこそこのものが、そこそこの場所で手に入るというのは、善し悪しだな、とも思う。

    昨日は、カニが3種類あったが、店の兄さんが一番おいしいと勧めてくれたこのカニを選んだ。

    多分、ブルークラブだと思う。生きてはいなかった。ちなみにラッセルマーケットでは生きているものが手に入ることもある。

    このクラブを塩ゆでしたものが、上の写真だ。

    茹でる前に、しばらく水につけて砂などを出し、その後、塩水で茹でること十数分。茹で上がったら再び冷水にさらして、食べやすく切る。

    アメリカンな食べ方であれば、溶かしバターだろうが、そのままでも十分いける。レモン醤油、あるいはマヨネーズ醤油で食べても美味である。

    (※この記事を更新直後、母から連絡あり。このカニ(日本語でワタリガニ?)は父の好物だったらしい。松本龍氏の話題転じて、「お父さんを思い出して買ったの?」と尋ねられたが、そういうわけではない。)

    05kocho12 05kocho08

    左上はキャロットスープ。毎回好評の一品だ。

    右上は、オーガニックのトマトの甘酢漬け。を作っているところ。友人に教わったのだが、これがかなりいけるのだ。

    酢にジャガリ(無精製の糖)を適量入れて、トマトを漬け込む。生のままのトマトは余り好きじゃないのだが、こうすると、格別においしくなるからうれしい。

    05kocho06 05kocho05

    こちらはその他の購入品。そら、日本の魚介類の鮮度のよさに比べたらもう、話にならんが、それなりにおいしく食べられる。

    魚は毎度おなじみのポムフレット(マナガツオ)。いろんな魚を試してみたが、やっぱりこれが一番おいしい。もう、余計な魚は買わずに、この魚の調理法を変えて出すのが無難な気がする。

    煮付け。塩焼き。唐揚げ。鍋物。カレー……と、さまざまな調理法に適応する便利な魚ではある。

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    こちらはビーフバーガーだ。夫がウィンブルドンの観戦中につき、TVディナーを所望したため、妻は特別の計らいで食べやすいハンバーガーを作った。

    牛肉にはつなぎを入れない、アメリカンな肉肉しいパテである。インドの牛肉はフィレが多く、脂身が少ないので、オリーヴオイルをほんの少し、混ぜ込んだ。

    あと、味にコクを出すために、玉ねぎをバターでじっくり炒めたものを挟む。フライドポテトでも揚げたいところだが、ここはヘルシーにゆでトウモロコシとホウレンソウ、トマトなど。

    あとはディジョンの粒マスタードに、ケチャップ。

    マスタード。コルカタはマスタード料理が多く、店頭にも美味なるマスタードが並んでいるのだが、そのコルカタのマスタードを他都市で入手することができない。

    流通の問題なのか、嗜好(ニーズ)の問題なのか、誰も何も考えていないのか。

    従っては、米国を訪れたときに、お気に入りの粒マスタードを買っていたのだが、先日、UBシティのCAFE NOIRにMAILLE(マイユ)のディジョン・マスタードが売られていた。

    本当に、インド国内でいろいろなものが買えるようになったものだと思う。

    というか、マスタード(粒)が大量に取れるインドだから、わざわざディジョンものを輸入せず、国内でおいしいものを生産してほしいと願う。

    ちなみにムンバイのINDIGO DELIとか、THE TASTING ROOMなどでは、オリジナルのおいしいマスタードを供しているけれど。

    03soup

    左の写真は、週末のランチ。

    スープとパン、そしてベーコン&目玉焼きというシンプルなもの。

    このスープが、またしても美味だった。

    先日、ムンバイのフレンチビストロで味わった「カリフラワーとポテトのスープ」に感動したため、我流で作ってみた。

    さすがにフレンチビストロのような濃厚な旨味は出せなかったものの、隠し味の玉ねぎ炒めやカルダモンなどがほのかにきいて、更にはインドの濃厚牛乳が毎度、いい仕事をしてくれて、おいしい。

    ジューサーにかけたあと、面倒だが裏ごしをすると、より滑らかな仕上がりとなる。大量に作って、2、3食に亘って味わう。

    残り野菜の活用法としても、スープはかなりいける。

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    こちらも毎度おなじみ、鶏の丸焼き。有り合わせの野菜(だけど玉ねぎは必須)を敷いて、全体に塩胡椒とオリーヴオイルで味付け、塗り塗り塗り込んで、オーヴンにいれるだけ。

    鶏肉には、室温バターも塗ると、なお風味がよくなって美味。ホイル包みのガーリックも、ホクホクと焼き上がれば、ペースト状にして、調味料となる。

    毎度ワイルド系な料理だが、その料理をして、「ナチュラル」と呼んでくれる方がいらしたので、今後は我が料理を、「インド・ナチュラル・クッキング」と称したい。

  • 10mit00

    震災から3カ月がたち、しかし、「復興」という言葉を目にするにつけ、違和感を覚える。

    地震や津波など、天災の被害に遭われた方々に対して、その言葉が使われることにはまったく異議はないのだが、こと原発となると、話は別だ。

    復興もなにも、災害は現在進行形。状況が好転する見込みがあるとの記事を目にすることはできず。

    今日は日本各地で脱原発のデモが行われていることだろう。

    わたし自身、この3カ月の間に、思うところは一定せず、意見が翻りがちなところもあったが、今は「脱原発に向ける動き」を支援する気持ちしか、ない。

    村上春樹氏が、スペインのカタルーニャ国際賞を受賞された際に、行ったスピーチの全文がネット上に掲載されている。

    それを読んで、強く共感を覚えた。

    村上春樹氏の小説に関しては、人それぞれに異なる感想を持たれるだろう。

    ともあれ、彼の翻訳された書籍は、世界各地の人々に読まれている。これまでもフランツ・カフカ賞やエルサレム賞などを受賞。

    世界の人々に向けて、言葉を発する立場にある、数少ない日本人のひとりだと思う。

    その彼が、平易な言葉で、素朴に、真理を説いているスピーチには、『非現実的な夢想家として』というタイトルに、謙虚すぎる印象を受けた以外、心より、敬意を覚えた。

    ややこしいことではない。本当に、人として、素朴に。「無常」と「効率」。

    10dog06

    さて、昨夜は、夫が主催したMITクラブ@バンガロールの集いに出席すべく、キルロスカ・グループ(財閥)のヴィクラム・キルロスカ邸へ赴いた。

    向こう一年は、ヴィクラムがクラブのプレジデントをつとめることになったとのこと。

    今回は、米国在住インド人のデッシュ・デッシュパンデ氏夫妻がボストンから来訪していることから、夫は彼に講演を頼んでいた。

    デッシュは米国で非常に有名な実業家であり、MITほか、さまざまな組織のボードに籍を置いている。オバマ政権の革新戦略にも携わっているとのこと。

    10dog04 約40名ほどの参加者を前に、庭の一隅で話をするデッシュ。

    時折、蛍が舞い飛ぶ、なんとも風情のある様子。

    しかしながら、話の内容。

    難しすぎて、わからん。

    耳を傾けていても、まったく内容が頭に入ってこないのだ。

    こういうとき、実に情けないものである。

    子供の時から、ちゃんと英語をやっときゃよかったよと思う。

    尤も、英語がきちんとわかっても、内容が難しすぎてついていけんということも考えられるが。講演のあとの質疑応答も活発。

    大学生だというヴィクラムの愛娘も、難解な質問をしている。ついていけん。蛍でも眺めるしかなかろう。

    このところ、夫からも、

    「英語の家庭教師をつけて勉強し直すべき」

    と言われている。ちょっと考えねば。

    10dog05 講演終了後、夫もひと言スピーチを。

    このMITクラブの発足にあたっては、彼は懸命に動いていたこともあり、さまざまなメンバーから声をかけられる。

    毎度のごとく「あなたもMIT?」と尋ねられ。

    夫婦揃って米国の大学を出ているカップルが多い中、「バーンズ&ノーブルのスタバで相席になって知り合った」という、ドラマのようだがどこか安っぽい出会い方をしている人は、ほとんどいない。

    デッシュからは、

    「今回は、招いてくれてどうもありがとう」

    と、わたしは何もしていないのだが、お礼を言われ、

    「すばらしい講演でした。こちらこそ、ありがとうございます」

    と返す自分の虚しさよ。

    彼も、彼の奥さんのジャヤスリーも、本当に物腰がやさしく、まったく奢ったところのないご夫婦。

    ジャヤスリーの妹の夫が、バンガロールきってのIT企業インフォシス・テクノロジーズの元CEOナラヤン・ムルティ。

    現在、ナラヤン・ムルティのご子息の結婚式イヴェントが行われており、夫婦揃って故郷のカルナタカ州に戻って来ているのだとか。

    実は、ジャヤスリーのお兄さんだか弟さんが日本人女性と結婚されていて、その方も米国から来ているとのこと。

    「アルヴィンドの奥様が日本人だとわかったら、彼女も連れて来たのに……」

    と、とても残念そうにおっしゃるのだった。

    カクテルの後は、食事も用意されており、円卓にて語らいながら。ヴィクラムは近々、娘とともに日本へ赴くという。

    ヴィクラムはトヨタ・キルロスカ・モーターの副会長でもあることから、日本へは幾度となく訪れているとのこと。娘は大人になってからは初めてとのことで、とても楽しみにしているようだ。

    10dog01 ところで今夜もまた、サリー着用で赴いた。

    年々、パーティでサリーを着ている女性が減っている。

    今回も、ジャヤスリーとわたしと、もう一人の年配女性だけがサリー。

    外国人なのにインドの伝統服を敢えて着るのは「どこか変わり者」な印象を与えるような気がしないでもないが、今更そんなことを気にしてもいられない。

    目立つ。という意味では、効果的である。

    移住当初は、わたしがサリーを着ることをあれほどいやがっていた夫だが、ここ数年は軟化。

    「あなたの奥さんはサリーを上手に着ておられますねえ」

    などと言われるのを、悪くなく思いはじめているようだ。

    なによりだ。

    10dog02 今夜もまた、新しい出会いあり。

    今年卒業したばかりという、初々しい青年たちも参加していた。

    わたしも若いころに、海外留学をしたかった。

    日本語だけでなく、英語でもすらすらと文章を書けるような力をつけたかった。

    今からそれをやる根性なら、ない。

    などと、思い巡らす夜である。

    ■MITの学長招いて月下の宴@キルロスカ邸(2007/11/23)

  • 01JAPAN01

    今日は、マンゴー祭りの話題を、と思っていたのだが、先ほどのインターネットのニュースを見て、話題を変えることにした。

    上の写真。

    数日前訪れた、レストランのテーブルに置かれていたもの。こんな形で、「日本」の文字を見ることのやりきれなさ。

    グリーンピースの活動を、全面的に支援していたわけでも、特に強い関心を持っていたわけでもなかった。しかし、どこの誰が発する情報を信頼すべきなのか、さっぱりわからない昨今。

    基本的には、イデオロギーの偏りなく、さまざまな情報に触れたいと、思っている。

    その結果、どう楽観的に考えようとしても、なんら楽観的になれない、原発と放射能汚染の実態について。

    またその話題か。

    と思われても構わない。決して一時的ではすまないこの件については、いつまでも、折に触れて、書き続けることになるだろう。

    たとえ、同じことの繰り返しになったとしても。

    下記、ネットのニュースを勝手ながら転載する。

    ——————————————————–

    ■高濃度汚染水の放射能量、72万テラ・ベクレル

    福島原発:東京電力は3日、福島第一原子力発電所の原子炉建屋などにたまった計10万5100トンの高濃度汚染水について、含まれる放射能量が約72万テラ・ベクレル(テラは1兆倍)に上ると発表した。

    同原発で1年間に放出が許されている量の約300万倍にあたる。

    東電では、1~3号機の原子炉に現在のペースで注水し続けると、こうした汚染水の水位が上昇して、20日にも地表へあふれ出す恐れがあると推測した。

    15日までに汚染水処理施設を稼働させて流出を防ぐ方針だが、大雨が降ると、あふれる時期が早まる可能性がある。梅雨の季節を迎え、汚染水処理問題は、時間との勝負という様相を強めている。

    (2011年6月3日21時53分 読売新聞)

    ——————————————————–

    浄化間に合わず漏出の恐れ 高濃度汚染水、福島第1原発

    東京電力は3日、福島第1原発の原子炉建屋などにたまっている高濃度の放射性物質を含む汚染水の総量は5月末現在、推定10万5100トンと発表した。1~3号機の原子炉へ注入している水が建屋に漏れていると想定し、大雨が降った場合は高濃度の汚染水が6月15日までに外部に漏れ出る恐れがあるとしている。

    東電は、汚染水の放射性物質を除去するなどして浄化するシステムを15日以降に稼働させる計画だが、間に合わない可能性がある。東電によると、5月末には100ミリを超える雨が降り、その影響で水位が50ミリ以上上がったという。

    一方、東電は、雨が降らない場合は漏れ出るのは最も早くて20日と予測し、「汚染水の漏洩(ろうえい)を防ぐことができる」としている。

    東電は、水の流出防止策として立て坑などをふさいでいるが、立て坑にひびがあれば地面に染み出る恐れもある。

    (2011.6.3 12:56 産經新聞)

    ——————————————————–

    世の中には、身体に悪いもの、自然界に悪影響を与えるものに満ちている。それは、自然界が生み出した天然物もあれば、人間が造り出した人工物もある。

    人を傷つけるものは、武器、凶器に限らない。飛行機だって自動車だって、ナイフだって、針だって、人の素手だって、なんだって、無数にある。

    そういう危険を孕んだものに囲まれて、わたしたちは、均衡を保ちながら、調和しながら、生命をつないでいる。

    放射能が身体に悪影響を与える。という事実を前にして。携帯電話の電磁波が危ない、電子レンジもよくない、電気ひげ剃りだってだめらしいぞ、じゃ、タバコや酒も論外で……と、さまざまが引き合いに出されたりするけれど。

    次元が違いすぎる。

    匂いもなく、色もなく、形もなく、感じることができないまま、水に空に風に土に溶け込み、少しずつ、少しずつ、堆積しながら、生命体を蝕んでゆく。正常な存在の形を破壊しながら、確実に突き進んで行く。

    漁業、農業は、どうなってしまうのだろう。

    途方に暮れるこの思いの源は、たとえば、わたしが年老いて死ぬころにも、少しも解決されてはいないだろう。

    03LOTUS

  • 12kocho09

    ついには福島原発の、メルトダウンを、東京電力が認めた。

    メルトダウン。炉心溶解。

    世界には重大なニュースがあふれ、あれからも、リビア騒乱やら、ビンラーディン殺害やら、さまざまに報道されるべき出来事があるだろう。

    それにしても、だ。

    原子力発電所のメルトダウン。最早「察せられていた」とはいえ、このニュースは、巨大な活字の見出しの号外で、ばらまかれる以上の、激烈なニュースだと思う。

    しかし、今、各紙のインターネットニュースの冒頭をみるに、切迫感のない、まるで小さな事故を報道するかのような淡々とした印象だ。

    🌏

    ■東電1号機「メルトダウン」認める(産經新聞) 

    東京電力は12日、福島第1原発1号機で、燃料棒(長さ約4メートル)が冷却水から完全に露出して溶け落ち、圧力容器下部に生じた複数の小さな穴から水とともに格納容器に漏れた可能性があると発表した。東電は、この状態を「メルトダウン(炉心溶融)」と認め、格納容器ごと水を満たして冷やす「冠水(水棺)」作業の見直しに着手した。

    ■1号機は「メルトダウン」…底部の穴から漏水(読売新聞)

    東京電力福島第一原子力発電所1号機で、原子炉内の核燃料の大半が溶融し、高熱で圧力容器底部が損傷した問題で、東電は12日、直径数センチ程度の穴に相当する損傷部から水が漏れていると発表した。溶融した燃料は圧力容器の底部にたまっていると見られ、東電は、この状態が、核燃料の「メルトダウン(炉心溶融)」であることを認めた。

    ■燃料の大量溶融、東電認める 福島第一1号機(朝日新聞)

    東日本大震災で爆発事故を起こした東京電力福島第一原発1号機で、大量の燃料が溶融し、圧力容器の底部にたまる「メルトダウン」が起きていたことを12日、東電が認めた。東電は4月、「燃料の一部損傷」を前提とした事故収束の工程表を発表したが、予想を上回る厳しい燃料の状態がわかり、作業日程への影響は避けられそうにない。

    🌏

    作業工程の遅れを懸念している場合なのか? 

    公表すべき、もっと肝心なことがあるのではないか?

    東京がパニックになるとか、その他諸々の利権や、なんやかんやを気にして、隠蔽している状況では、ないのではないか?

    原子力発電にまったくもって明るくない人間(わたし)が、しかも日本に住んでいない人間が、いたずらに、中途半端な情報でもって、事態を憂うのはよくない。

    ましてや、こうしてブログなどに記すのはまずいだろうと、控えてきた。しかし、最早、口を閉ざしていることさえも辛い。日本国籍をもつ一人の日本人として、今日はしかし、書こうと思う。

    pencil 3月11日からの数日は、ただ大津波や地震の被害の大きさに圧倒され、原発の不安よりもそちらの方に心を奪われていた。

    しかしながら、徐々に原発の問題が明るみにでるにつれ、目を背けることができなくなってきた。

    何かを見たり読んだりするにつれ、自分が原発の実態について、いかに無知であったかを思い知らされた。

    浜岡だけじゃなく、日本中の原発を、「もんじゅ」もなにもかも、最早止めて欲しいと思う。
    一刻も早く。電気が3割減、4割減になったとしても、日本がなくなるより、ましである。

    いや、これは、日本だけの問題ではない。海外にも、軽く影響が及ぶことである。

    電力会社の言うことを、今更、どう信じればよいのだろう。信じることなど、不可能だ。

    pencil 実は2月に、九州電力の広報誌にインド関連の記事執筆を依頼された。中には、インドの電力事情にも触れ、原子力発電への期待が高まっている云々と言うことも書いた。

    その広報誌は、4月末に発行されている。今、そこに記事を書いたことすら、わたしは悔やんでいる。原発のことを、この実態を、もしも知っていたならば、書かなかったし、書けなかった。

    pencil 人を救う放射線があれば、人を殺す放射線がある。

    人を殺す目的で作られていないものが、人を傷つける、あるいは殺してしまうとき、それは、どういう定義となるのか?

    わたしは、原子力発電が、ここまでも恐ろしい力を持っているものだということを、知らなかった。制御不能に陥れば、日本どころか、世界中が、汚染されてしまうほどの威力を持つものだということを。

    知れば知るほど、クリーンでもなんでもない、この事態に陥る以前から、汚れたエネルギー源だったことがわかる。

    たとえば、原発が、周辺の海の温度をあんなにも上げていたことを、知らなかった。原発界隈の海に、そもそもはいなかった大型魚やサメまでもが、うようよと泳いでいることを、知らなかった。

    クリーンどころか、どう考えたって、地球を温めてるじゃないか。

    核廃棄物(使用済み核燃料)の処理が、途方に暮れるほど、恐ろしく時間がかかり、しかも自然に悪影響を及ぼすものとは、知らなかった。

    知れば知るほど、なんというおぞましいものを、人類は生み出し、利用しているのだろうということを、思い知らされた。

    pencil ネットで入手できる原発反対の、あらゆる声。わたしはその一部しか、見ていない。その一部の人たちの、たとえば話が大げさだったとしても。

    話を半分に聞いたとしても。いや、それを1割だけ、真実だとしても。1割程度ですら、それは恐ろしい警鐘である。

    人間は、人類は、そもそも「動物である」という原始の部分に立ち返って、考えるなどナンセンスだと思われるだろうが、その動物的な嗅覚を、研ぎすますときが、来ているのではないか?

    原子力発電は、たかだか50年の歴史しかない。50年以上前は、それらがなくても、人類は平気で生きていたのだ。だから、なくなったからといって、なにが困ろう?

    いや、無茶苦茶なことを書いているということはわかっている。

    進化。進歩。文明。機械化……。

    先進国の人々が、「なかった昔に帰れない」と思う気持ちはわかる。

    が、帰れない、などと言っている場合ではなく、今、帰らねば、もう、よほど恐ろしいことが起こる可能性があるのだということを、多くの人が認識するべきだと思う。

    わたし自身もそうだが、大きな変化を受け止める、いや、変化を起こす、覚悟が必要だと思う

    自分が存命中のことだけを、考えるのならば話は別だ。しかし自分たちの子孫、未来の地球を思うのならば、絶対に、変化が必要だ。

    以下、ウィキペディアの情報を一部引用し、加工修正したものだ。これがどこまで正確かわからぬが、原子力発電の大まかな歴史は、つかめるはずだ。

    clip

    ●1895年(わずか116年前)
    ドイツの物理学者、ヴィルヘルム・レントゲンがX線を発見。フランスの物理学者アンリ・ベクレルも、ウランが発する同様のビームを発見。これらは「放射線」と名づけられた。3年後、ピエール・キュリーとマリー・キュリーの夫妻がラジウムを発見し、ここから放射線の研究が始まった。

    ●1938年 
    ドイツ物理学者、オットー・ハーンが核分裂を発見。オーストリアの物理学者、リーゼ・マイトナー(女性)によって原子核分裂と証明された。

    ▪1945年 
    米国のマンハッタン計画により、核分裂反応を利用した最初の原子爆弾が製造される。広島にウラン型、長崎にプルトニウム型原子爆弾が投下される。広島では約50万人、長崎では約7万人が死亡。核兵器の威力をはかる、壮絶な実験だった。このとき得られたデータは、現在でも使用されている。第2次大戦以降、世界の大国による核兵器開発が行われる。

    ●1951年 
    米国のEBR-Iで世界初の原子力発電に成功した。

    ●1954年 
    ソ連において最初の商用の原子力発電が開始された。

    ●1966年(わずか45年前)
    東海発電所において日本で最初の原子力発電が開始された。原子力は未来のエネルギーとして期待され、歓迎された。

    ●1979年 
    米国のスリーマイル島原子力発電所で運転員の誤操作により炉心溶融事故が起こった。放射性物質の放出は防げたものの、周辺住民10万人が避難した。この事故以降、原子力に対する批判的な機運が高まった。

    ●1986年 
    旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で実験中に爆発事故が起こり、放射性物質が環境中に放出され47人が急性の放射線障害で死亡した。2006年のIAEAの報告では、晩発の放射線障害を含む死者の推計数は約9000人とされており、原子力発電所の事故としては史上最悪の事態となった。

    ●1999年 
    茨城県のJCOにおいて正規の作業手順を無視したことにより臨界事故が起こり、大量の放射線を浴びた作業員2名が、急性の放射線障害で死亡した。戦後日本で初めての原子力による死亡事故である。1999年の時点で、世界の発電所で425基の原子炉が稼動し、年間で35,943万kW年の電力が発電された。

    ●2003年 
    2003年時点で、日本の発電所では52基の原子炉が稼動し、年間で3,357万kW年の電力が発電された。原子爆弾の実戦での使用実績は2発であるが、核実験の回数は全世界で2000回を超えている。2003年の世界の原子爆弾保有数は約3万発である。

    ●2011年 
    福島県の東京電力福島第一原子力発電所で、3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した大津波により設備等に甚大な被害が生じ、原子炉の冷却機能を喪失。1号機から3号機で燃料棒が露出する空焚き状態になり、炉心溶融が発生さらに、原子炉建屋内に充満した水素により1号機と3号機の原子炉建屋が水素爆発を起こし、使用済み核燃料プールの冷却が停止した4号機でも同様の原因で水素爆発が発生したほか、2号機の格納容器の一部でも爆発が発生。この結果、広範囲に高濃度の放射性物質が拡散する事態となり、4月12日、経済産業省原子力安全・保安院は、同事故が国際原子力事象評価尺度におけるレベル7(深刻な事故)に該当すると発表した。このレベルは、チェルノブイリ原子力発電所事故と同じである。

    clip

    この簡単な歴史を見て、どう思われるだろう。なかった昔に戻るのは、不可能だと思われるだろうか? 

    海外の原子力発電事情については、この際、事情がわからないので言及しない。が、少なくとも、日本は、全面的に、原子力発電をやめてしまうべきだと、強く思う。

    今すぐにそんなことは、無理だとわかっている。それでも、徐々に、なくして行くべきだと思う。

    地震や津波の可能性がある日本。唯一の被爆国である日本。確かに日本には資源がない。だからって、このような恐ろしいものを、抱え込む理由にはまったくならない。

    2011年3月11日を境に、事態は、一変したのだ。

    あの日を境に、「安全神話」は確実に、崩れ落ちたではないか。にもかかわらず、いったい何を根拠に、他の約50の原発が安全だと言えるのだ?

    たかだか数百年前にしか遡っていないデータをもとにした天災の想定など、なんの頼りになるのだろう。この地球の歴史を考えれば、あまりにも短い。

    この地球には、恐竜だって住んでいたのだ。氷河期やらなんやらがあって、今の状態の地球になって、人類が誕生した。

    そのような時代の流れを思えば、ここ数百年のことなど、一瞬である。

    自分が生きている、100年に満たないスパンで物事を考えるから、遥か遠い過去も、遥か彼方の未来も、想像できない。だから、目先の利権や利益に囚われた愚かな人々があふれ、その恐ろしさを知らずに、手を染めて行く。

    原子力発電の問題だけではない。今回、もっと恐ろしいと思ったのは、六ヶ所村の問題だ。青森県にある六ヶ所再処理工場。この実態を知って、本当に、もう、泣きたくなった。

    ■六ヶ所再処理工場 (←Click!)

    あれこれと調べるほどに、芋づる式に、驚愕すべき事実が明るみに出る。

    ここ数カ月の間に見聞きした情報の中で、印象に残っているものをここにご紹介する。それぞれの人たちの意見をどこまで信じるべきか、わたしにはわからない。

    わからないが、耳を傾ける価値はあると思う。それらがあまりに悲観的だとしても。あまりに楽観的だとしても。

    ■アイリーン美緒子スミス氏(環境ジャーナリスト/グリーン・アクション代表)による「六ヶ所再処理」に関する説明。彼女は水俣病を撮り続けた写真家、故ウィリアム・ユージン・スミスの妻。以下の映像は2008年にアプロードされたもの。

    ■鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』

    ■原子力発電を追い続けているノンフィクション作家、広瀬隆氏のインタヴュー。彼のコメントには賛否両論、大きく分かれているようだ。どの程度を受け入れるかはさておき、聞く価値はあると思う。

    ■同じく広瀬氏の動画。これは2010年に行われた「放射能のゴミを考える」という講演の様子がアップロードされている。3/11以前の彼の穏やかな表情と語り口を見るに、その後、起こってしまったことに対する彼の強い憤り、懸念が察せられる。01から10までの長いもので、わたしはまだ、全てを見ているわけではない。が、一部を見ただけでも、非常に参考になった。

    ●放射能のゴミを考える02
    ●放射能のゴミを考える03
    ●放射能のゴミを考える04
    ●放射能のゴミを考える05
    ●放射能のゴミを考える06
    ●放射能のゴミを考える07
    ●放射能のゴミを考える08
    ●放射能のゴミを考える09
    ●放射能のゴミを考える10

    ■吉村昭著『三陸海岸大津波』(文春文庫) (←Click!)

    この本を読んだわけではないが、書評やカスタマーレヴューを読んで、印象に残った。今回の震災は決して「未曾有」の事態ではなく、過去、類似の災害が起こっていたとのことだ。こんな事実がありながら、その地に原発を作ってしまっている現実が、どうにも、耐え難い。

    ■孫正義氏。彼が「個人的に」発足した「自然エネルギー財団」。彼の活動に対しても、当然賛否両論がある。しかし、彼のように「力のある事業家」が、こうして前向きな活動を積極的に行っていることに、わたしは心から敬服する。

    ■ソフトバンク 孫正義氏「自然エネルギー財団」設立 (←Click!)
    このサイトには、彼のインタビューのほか、会見の動画やプレゼンテーションで用いられた資料(PDF)が添付されている。

    ■小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ (←Click!)

    12kocho13

    pencil わたしは、インドでの日々を、生きている。ここには、ここの日常があり、片付けるべき問題が山とあり、楽しむべきことがらも、山とある。

    伝えたいこと、伝えるべきこともまたたくさんで、自分がなにをなすべきか、模索しながらのライフである。

    3/11以降、自分が日本に対して、何を思い、何を書くべきか、よくわからないまま2カ月以上が過ぎた。思うところを、分かち合う相手は、身近にはいない。

    夫に話しても、「ミホが日本の原発を心配してどうするの?」で終わってしまう。

    当然のことだ。

    日本の原発のメルトダウンよりも、週末に見に行くクリケットの試合で、雨が降らないで欲しいということが、今の彼にとっては「気がかりなこと」である。

    わたしとて、同じことだ。

    上階の工事現場から降って来たコンクリート片に激怒し、ご近所さんに怒鳴り込みに行ったり、2年ぶりにカラオケで熱唱したり(日本料理店『播磨』にカラオケルームがあるのだ)、来週月曜日締め切りの原稿を書き上げたり、やるべきこと、やりたいことは、目の前にたくさんある。

    それでも、今日、こうして原発のことを、中途半端な知識のまま、書いたのには理由がある。

    昨日、東京に暮らす友人から、メールが届いたのがきっかけだ。

    彼女、Kさんとは、ワシントンD.C.在住時に出会った。わたしがジョージタウン大学の英語集中コースに通っていたときのクラスメイトとして。

    彼女とは、ここしばらくすっかりご無沙汰していたのだが、今年に入って久しぶりにメールのやりとりをした。

    その後、震災のあとに、メールを一度送ったきりだった。そのKさんが、日本の原発の問題に対する懸念のメールを、昨日に送ってくれたのだった。

    彼女もまた、わたしと共通した認識を持っていたことがわかった。わたしの返信に対して彼女がメールをくれたのだが、その返信をするかわりに、彼女もまた読んでいるこのブログに、わたしの思うところを書くことにした。

    そう思った矢先の、東電が「メルトダウン」を認めるニュース。もう、書かずには、いられなくなった。

    Kさん。勝手ながら、メールの一部を引用させてもらうね。

    clip

    「小さな危機においてはみんなで行動した方が安全だが、大きな危機においては他の人に先んじて行動しないと破滅に終わる」とわかっているのですが。美穂だったらどうする? これからどうなるか、注視しながら生きていくことになりそうです。

    🌏

    Kさん。わたしが、もし日本に今いたらどうするか……。正直なところ、想像がつきません。

    ただ、そもそもが「みなと共に行動をする」という性質ではないので、自分なりの考えで、何らかの行動を起こしているとは思います……。

    🌏

    ただ、なにはさておいても、自分が思うところは、伝え続けて行こうと思う。「記録」そして「記憶」を大切にしようと思う。

    「記憶」という人間のもつすばらしい能力の大切さをかみしめながら。

    3/11以降、まだまだ書きたい、ディープなテーマがいくつもある。それらもまた、しっかりと向き合いながら、徐々に記して行きたいと思う。

    Kさんが教えてくれたサイトも、ここに載せておく。非常にわかりやすく、原発の問題点を理解することができる。上記の動画や資料を見る時間のない方は、下記だけでも読むことをお勧めする。

    ■浪速のマダムが教えてくれる原子力 (←Click!)

  • 06japan02

    このたびの、大災害。「天災面」が圧倒的に強かった当初。しかし、日増しに強まる「人災面」の問題。

    ブログで、書くまいと思っていたことだが、あまりにも耐えかねる現状。せめて今の思いの「一部だけでも」ここに、吐露したい。

    まず、上の写真。今朝のインド経済紙「mint」の、ロイター発の記事。日本語版の要約は下記の通りだ。

    ———————————–
    インドは5日、福島第1原子力発電所の事故に伴い、日本の全地域からの食品輸入を3カ月間、全面的に禁止した。放射性物質が日本の他の地域にも広がっている恐れがあるとしている。日本からの食品輸入を全面禁止するのはインドが初めて。

    インド保健・家族福祉省は声明で「日本からの食品輸入を即時停止する」とし、輸入禁止の期間は「3カ月、または放射性物質の危険性が許容範囲まで低下したとの信用に足る情報が得られるまで」としている。

    声明は「放射性物質が日本の他の地域にも拡散しており、日本の食品輸出のサプライチェーンで汚染が深刻化する恐れがある」と指摘した。インドは日本から主に少量の加工食品、果物、野菜を輸入している。
    ———————————–

    いくつかの新聞の、同内容の記事を読んだ。「日本からインドへの食品輸出は年間約3億円規模で、貿易全体に与える影響は小さいとみられる」と、極めて軽症であることを示すものもあった。

    果たして、そうだろうか。

    これはあくまでも、氷山の一角に過ぎない。日本だけでなく、海外に無数存在する日本料理店、日本食料品店、日本人海外生活者……非常に大きな打撃である。

    今、ここで個人的に思い入れのある店舗や人々の先行きを気遣うようなことは書かない。

    最早、放射能汚染云々を超えて、日本の信用が失墜していることがまた、非常に重い事実だと思われる。

    まず、インド政府のこの決断をして、日本は決して、批判できないということを、記しておきたい。この先、このような事態が世界各地に拡散することは、間違いないだろう。

    日本のリーダーが、明確な声明を世界に発しない限りは。

    インドに対して、「核保有国なのに」とか、「発展途上国なのに」とかいう声が上がっているのも目にした。

    最早、そういう問題じゃないだろう。他国のことを云々している場合ではない。

    そもそも日本よりも遥かに電力消費量が少なく、需要が供給に追いついていないインド。

    2007年、米国とインドとの間で民生用原子力に関する協定が結ばれた。インドは現在、核拡散防止条約に加盟していないことから、物議を醸したものの、翌2008年9月にはフランスも原子力協力協定に調印した。

    現在、原子力発電への期待が高まっている矢先のこの大事件。インドの今後の電力問題にも、少なからず影響を与えているのだ。

    今、インドが日本に対してこのような対応をするということは、一方で自国の首を絞めていることにもなる、という見方もできるのだということを、書き添えておく。

    それにつけても、だ。被爆経験国であるはずの日本の、その原発対策の、おぞましいほどのお粗末さは、いったいどうしたものなのだ。

    日本のリーダーは誰なんだ? 

    誰が原発問題を取り仕切るのだ? 

    世界に向けて、日本はどう釈明するのだ?

    これはもう、小さな島国の問題には留まらない。たとえそれが風評であったとして、拡散は免れない。なにしろ信頼できる筋からの、信頼できる情報が、ないのだから。

    4月に入ったころから、インターネット上のニュースの見出しが、級数(フォントのサイズ)も従来通りとなり、重大なニュースも、小さいローカルのニュースも、同じように、並べられるようになった。

    日本での報道や新聞はまた、異なるメリハリというものがあるだろう。しかし海外に住むわたしにとって、インターネットを通してしか、日本語のニュースを知ることはできない。

    だから、あらゆるニュースが、同じインパクトで、活字となって並んでいる。

    各新聞のサイトを読みながら、日々、堪え難い思いを募らせている。見るなと言われても、これは知る権利があると思うので、見ている。

    これは天災ではなく、人災なのであるから。

    さて、4月に入ってからの、汚染水に関する記事の見出しを、下に並べてみる。

    ■読売新聞

    ・基準1万倍の放射性物質…福島第一原発の地下水
    ・汚染水見えぬルート…海と地下水、関連薄く
    ・水深が深い海水から放射性物質…基準は下回る
    ・官邸サイト汚染水データ誤掲載、11時間後削除

    ・汚染水漏出は深刻、遮断の見通し立たない…東電
    ・汚染水に着色、流出ルートの調査開始
    ・放射性廃液の排出、午後7時過ぎに開始…東電
    ・小魚から放射性物質…影響ない程度・規制値なし

    ・汚染水1万トン超、海に放出…やむを得ない措置
    ・汚染水放出、農水省に事前報告なし
    ・汚染水封じ込め難航、海中に鉄板の囲い設置へ
    ・汚染水放出「止めて」地元漁協抗議、補償も要求

    ・汚染水流出経路、作業トンネル下の砕石層か
    ・汚染水で省庁連携悪く…農水、厚労省と調整なし
    ・「先は真っ暗闇」茨城の漁協、値崩れで漁自粛
    ・汚染水放出、事前の説明必要だった…枝野長官

    ・「許し難い行為」全漁連会長、汚染水放出に抗議
    ・東電に水かけたい…平潟の魚、買い手なし
    ・インド、日本からの食品輸入を全面禁止
    ・汚染水放出、中国紙「周辺国の同意得るべき」

    ■朝日新聞

    ・地下水の放射能汚染、監視強化へ 法定の1万倍検出うけ
    ・汚染水、徐々に外へ 海への経路は不明 福島第一原発
    ・福島第一から40キロの海、基準2倍のヨウ素
    ・汚染水、壁面の亀裂から海へ 流出場所を初確認 2号機

    ・英の放射能海洋汚染半世紀…健康被害なくても拭えぬ不信
    ・ポリマー投入、汚染水漏出止まらず 福島第一2号機
    ・投入したポリマーって? 水吸い膨らむ粉、おむつにも
    ・汚染水閉じ込めへフェンス検討 東電、流出止まらず

    ・「隣国に通報なし」韓国が放射能汚染水放出に反発
    ・放射能汚染水放出 農水相「事前報告なく大変遺憾」
    ・水産庁、検査強化 「魚の体内で濃縮せぬ」の見解再検討
    ・魚も出荷停止へ 茨城沖のコウナゴ、高濃度ヨウ素検出で

    ・年間の被曝限度量、引き上げを検討 原子力安全委
    ・汚染水のルートほぼ特定 止水工事で流出量やや減少
    ・汚染水の放出「情報公開不足」 近隣諸国に不満広がる
    ・高濃度放射能汚染水、海への流出止まる 福島第一2号機

    ・全漁連会長が東電に抗議 汚染水放出に「怒りと憤り」
    ・福島第一、汚染度低い水の放出続く 処理施設分は終了

    当事国において、こんなに曖昧な、場当たり的現状を伝えるニュースばかりが、流れているのである。諸外国が懸念を抱かないわけがない。

    日本からの食品に関して言えば、異国の者にとってそもそも、必要不可欠なものではない。先進国には、そのような「必要不可欠ではない、しかしあると楽しいもの」があふれている。

    異国における日本料理もまた、そのひとつだろう。

    例えばフランスで原発事故が起こったと仮定する。フランスが今の日本のような対応をとっていたとして、わたしたちは、フランスのワインを、敢えて飲むだろうか。フランスのチーズを、敢えて食べるだろうか。

    対インドの数億円ですむ話ではない。

    すでに事態は国境を超えて、あらゆる産業において、途方もない数の人々の生活に、影響を与えているということに対し、島国日本の為政者たちは、一刻も早く手を打ってほしい。

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    インドの新聞記事を読んでも、ECONOMISTの記事を読んでも、最早、日本に対する不信感ばかりが強まっている。

    ひょっとすると、日本に住んでいれば、違った視点からの、もっと信頼のできる情報が、見えやすいのだろうか。だとしたら、海外に住んでいるが故の、情報不足から来る懸念であるとも言える。

    ただ、いずれにしても、世界に向けて、何かしらの明確な対応を取らねば、外部の人間には不透明な部分が多いのだということを、しつこく、書き添えておく。

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    日本は海に囲まれた島国である、という条件のもとに、民族性や精神文化が育まれてきた。

    陸続きに国境を接する国を持たないということにより育まれた慣習には、善し悪しがあろう。今回、その悪しき部分が、露呈しているとしか思えない。

    汚染水を流すのに、自国の、いや、自国の一電力会社の判断だけですませているという事態。

    「日本は地球という一つの惑星の一部である」ということに、思いを馳せる余裕のある人は、決定権を持つ人の中に、多分いないだろう。

    隣国である中国や韓国が腹を立てて、当たり前である。台湾やロシアだって、すぐそばだ。

    たとえ微量だろうが人体に影響がなかろうが、なんだろうが、危険なものが海に流されているらしいとあっては、誰が平気でいられよう。

    名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ
    故郷の岸を 離れて 汝はそも 波に幾月……

    と、椰子の実ですら、海に流されれば、異国まで旅をするのである。汚染物質だって、何をか言わんや、である。

    EX

    上の写真は、20年前にわたしが編集した小冊子の一部だ。小さな広告代理店で編集者として勤務していた20代半ばのころ。

    昭和シェル石油のクレジットカード情報誌を作るべく、隔月で海外2カ国を連続取材していた時期があった。

    行き先は、「シェル」のある国。当時、「ボーダレス」とか「エコロジー」といったキーワードが流行していたこともあり、国境を車で通過する旅を、積極的に盛り込んだ。

    その、「国境を越える」という感覚に、同行したライターもカメラマンも、そしてわたし自身も、非常に高揚したものだ。

    それは、欧州人にとっては日常であり、島国生まれの我々にとっては、あまりにも物珍しい、非日常であったからだ。

    欧州へは、取材だけではなく、その後も、列車で3カ月放浪したり、夫と出会ってからは、何度かドライヴ旅行に出かけた。

    その都度、国境を接する欧州大陸と、島国日本と、あるいは大陸米国の、地理的な異なりのさまざまに、思いを馳せた。

    さて、20年前に話を戻す。上の写真は、ピータビューレンというオランダ北部のワッデン湾沿岸を訪れたときの記事。ここにあるアザラシセンターを訪問した。海洋汚染で病んだアザラシの保護センターである。

    記事の一部を抜粋する。

    「北海の海流は、南から北へ流れているの。ライン川とマース川がハーグの南で海に流れ出て、その汚染物質が海流に乗って、こっちまで来てしまうのよ。ここにいて、アザラシを見ているだけで、あの川の上流で何をしているか、世界の海がどうなっているかがわかるわ。でも、悲観してばかりはいられない。入院患者は増える一方だから」

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    当時、オランダとベルギーを続けて旅をした。主には麗しい風土の、美しい景色ばかりを眺めて来たのが、しかし、国境沿いを走っていたときの光景を、今でも忘れられない。

    国境沿いの、無辺の大地。原子力発電所が、夕映えに映えていた。

    国境沿いにはまた、煙突から煙が上がる、工業地帯も見られた。その光景はかなり、衝撃的だった。これもまた現実なのだ、と思った。

    現在、欧州では原子力発電を縮小しようとの動きがある国もあるようで、当時の光景が今、見られるかどうかはわからない。

    たとえば、今回の日本の惨事を受けて、スイスの2州がフランスに対し、国境に近い原発の作動一時停止を求める要求を出しているとのニュースも見られた。

    世界の至るところで、原子力発電に対する不安感は高まっている。

    国境が目に見えない。けれど、海はつながっている。その汚染水の廃棄は、なんとかならないのか。

    いったい、この先、どうなるのか。

    ここに何を書いたところで、何にもならんことは重々承知の上だが、今日はもう、書かずにはいられなかった。

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