深海ライブラリ📕

深海の底に眠る過去の記録に光を当てる。揺り起こす。

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🇺🇸今朝は月に一度のFM熊本収録。本日七夕は、夫との出会い25周年記念日なので、わたしたちの出会いのエピソードを話した。思えば、わたしがなぜインドに至ったのかは、過去14年で一度も触れなかった話題につき。

我々夫婦の出会いの話を聴いていたDJの長木さんが、「メグ・ライアンみたいですね」とおっしゃったが、その通り!😹
 
我々が出会ったアッパーウエストサイドは映画『ユー・ガット・メール』の舞台で、撮影する光景を見たこともある。夫と相席になったスターバックス・カフェのある「バーンズ&ノーブル」という大型書店は、トム・ハンクスが経営する書店のモデルになっていた。また、わたしたちがこの映画を見ていた映画館に、映画の中の主人公二人が映画を見に行く……というシーンもあって、観客は大いに盛り上がったものだ。

このたび、波乱に富んだ25年を大雑把に振り返るべく、3曲の歌で表現することにした。本日は、NY編を公開。画像は若者向けセミナーの資料を転用。写真はSATC以外、坂田が過去撮影したもの。次回はワシントンD.C.編。こちらはSAREESのEMIKOさんがヴァイオリンを演奏してくれるので、しっとり聴かせる系にする予定😼

『ウェルカム・トゥ・ニューヨーク』。かなり聴きまくって練習したが、難しかった……。若干「圧」「熱」&「厚」のあるテイラー・スイフト入ってます😅

人生で「今日の自分が一番若い」から、やりたいことは「今やる」のだ。

ちなみに衣装は、先日紹介した「スポーツウエア」と同じ流れ。スコートはスポーツショップのデカトロン (Decathlon)、トップはサリー用のブラウスをMyntra.comで購入。サリー・ブラウスだけあって、最初は腹回りを露出して録画したが、流石に見苦しかったので、下にタンクトップを着て撮り直した。

インド、特に南インドでは、潤沢な腹部贅肉の露出はノープロブレムだが、わたしは日本人だからな。と、自分に言い聞かせる。このブラウス、ロングスカートを履いたら、パーティなどにも着て行けそうだ。

*表紙写真は、当時住んでいたアパートメント・ビルディングの屋上から撮影したもの。辛いとき、この屋上に来て、マンハッタンを眺め、エネルギーを充填した。彼方にワールドトレードセンターと自由の女神が見える。

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七夕は✈︎777を回想する日でもあるようなのでニヤニヤ笑う猫わたしも便乗。Welcome to New York動画で不採用になったこの写真。20数年前、ミューズ・パブリッシング起業直後にコンチネンタル航空を取材、「BOEING777」の操縦席に座らせてもらった。うれしかった〜!

◉七夕。出会い記念日@ニューヨーク。延々と、ロングバケーション。そして、わたしが今、インドにいる理由。(2020年七夕の記録)

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7月7日。我々夫婦の、出会い記念日だ。出会って24年。毎年、律儀に思い出すニューヨークでの日々。折しも、今朝見た日本のニュースで、『やまとなでしこ』が20年ぶりに再放送されていると知った。目にした瞬間、You’re everything〜〜♪と情感を込めて熱唱してしまう。

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※以下、去年の今日の記録を、ほぼ転載。

1996年4月下旬。1年間の語学留学目的で、わたしはニューヨークを訪れた。当初は、語学学校で出会った日本人の年下男子と、2ベッドルームのアパートメントをルームシェアしていた。今思えば、なかなかに、先端だ。

その彼が、家に引きこもりがちだったので、わたしは極力、外に出て、勉強をするようにしていた。一番利用していたのが、アッパーウエストサイドのリンカーンセンターの向かい、ブロードウェイ沿いにあった大型書店、バーンズ&ノーブルにある、天井が高く雰囲気のいい、スターバックス・カフェだった。当時、スターバックス・カフェは米国でチェーン展開を始めたばかりで、おしゃれで知的な雰囲気を漂わせていた。

わたしはここで、語学学校の宿題をしたり、テーブルをシェアした人たちとの会話を楽しんだ。それもまた、英語の勉強になると思っていたからだ。夜のブロードウェイの写真の、正面中央の建物がそれ。左手にリンカーンセンターがある。

1996年7月7日、日曜日。7月4日の独立記念日から連なる連休の最終日。この日のカフェはいつになく、混雑していた。カフェラテを片手に、空いている席を探したところ、唯一空いていた席が見つかった。空いた椅子を目指してテーブルをかき分けるように歩き、「ここに座っていいかしら」と尋ねた相手が、アルヴィンドであった。

机には、書類の山。テーブルがとっちらかっていたので、他の人は避けていたに違いない。当時はラップトップを持参する人よりも、本や書類、ノートを携えている人の方が、圧倒的に多かった。アルヴィンドは当時、大学を卒業して、ニューヨークのコンサルティング会社、マッケンジー(マッキンゼー)&カンパニーに勤務していた。たいへん「ギーク」な雰囲気を漂わせていた。一方の彼は、わたしのことを、なぜか「君は、学校の先生なの?」と尋ねてきた。そういう風に、見えたらしい。

最初は英語力が覚束なかったわたしをして「ソフト・スポークン」(話し方が穏やかな人)だと思い込んでいたようだ。歳月の流れに伴い、我が英語力が上達、なにかと饒舌で厳しい口調に変化したときに、ようやくわたしの本性を知ったようであるが、時、すでに遅し。

折しも当時、日本では『ロング・バケーション』というドラマが流行っていた。我々の事情を知っている友人から、「キムタクが24歳で、山口智子が31歳なんだよ! 同じだね!」などと連絡がきたものである。そう。我々は、出会ったときには23歳&30歳で、直後に誕生日を迎えたのである。ロング・バケーションなのである。

1998年からHBOで放送された『SEX AND THE CITY』はまた、マンハッタンが舞台の、ライヴ感あふれるプログラムであった。キャリーをはじめとする主人公たちは、わたしと同世代でもあり、ライフスタイルこそ異なれど、親近感を覚えた。ライターのキャリーが使っていた黒地に白いリンゴのラップトップも、同じものを使っていた。

1999年に公開された、トム・ハンクス&メグ・ライアン主演の映画『ユー・ガット・メール 』はまさに、我々の生活圏内が舞台だった。トム・ハンクスが経営していた大型書店の撮影は、我々が出会った書店で行われていたし、メグ・ライアンが経営する小さな書店は、近所のチーズ専門店が使われていた。撮影現場に出くわしたこともある。

忘れられないのは、わたしたちがその映画を見ていた映画館での出来事。劇中の二人が、映画を見に行くシーンで、入っていく映画館が、今まさに、自分たちが映画を見ている映画館だったのである。館内の観客が、一斉に歓声をあげたものだ。

松嶋菜々子による「残念ながら、あなたといると、私は幸せなんです」のセリフで有名な、2000年に放送されたドラマ『やまとなでしこ』も、忘れられない。同ドラマは、ニューヨークに住んでいてなお、日本語放送で見ることができた。堤真一が留学したMITはまた、夫の卒業校でもあり、わたしも数カ月前に彼のリユニオンに同行して赴いたばかりだった。なにかしらシンパシーを感じた。

しかし彼らがニューヨークの教会で結婚式を挙げている様子を見て「で、わたしたちは、いったいいつ、結婚するんでしょうかね」と、嘆息をついたものだ。わたしから結婚を切り出したのは、このドラマの最終回を見た直後だった。

わたしたちは、出会って結婚するまでに、5年かかった。今思えば夫もまだ若かったし、仕方ないっちゃ仕方なかった。むしろ、インドの結婚事情を知るにつけ、国籍は違うし、年齢も妻が上だしで、よく結婚に踏み切ったものだと思う。

ともあれ我が人生、今も『ロング・バケーション』のようなものかもしれない。それはそうと、当時は「婚礼衣装を着て走る」シーンが、多かったな(笑)

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ニューヨークでの歳月を語った「自分史」動画はこちら。

🌏世界を旅し、海外に暮らし働く

③ニューヨークで現地採用から出版社起業/インド人男性との出会い/就労ヴィザの自給自足/日本語フリーペーパー『muse new york』発行

④結婚に至るまで/婚約指輪騒動/結婚式を挙げに初インド/911米国同時多発テロと人生の優先順位見直し

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